「信じている」という言葉は誰を安心させるための言葉なのか
- Anttrice MARIKO

- 7 時間前
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「信じているからね!」
親が子に、上司が部下に、先生が生徒に、そして恋人に。「信じている」と投げかける場面があると思います。でも私はこの言葉を言われると「本当は信用されていないのかな?」と感じてしまいます。
なぜこの言葉に敏感になったのか。きっかけは、採用の仕事をしていた時に、面接をした女性から言われた言葉でした。
「採用してくれると信じています! 私は御社を信じています!」
彼女はまるで私に暗示をかけるように、じっと目を見つめながら強い口調でそう言いました。その時に思ったのです。
「失望させないで!」
「悲しませないで!」
と、不安な気持ちを別の言葉で表現しているのではないのかと。
例えば、恋人同士ならどうでしょう? 互いに好意を持っているのなら、信頼は前提にあるはずです。それでもあえて「信じている」と口にするとき、その裏には「浮気しているんじゃないか?」「嘘をついているんじゃないか?」と不安が隠れていることもあるのではないでしょうか。
本当に信頼しているのなら、あえて言葉にしなくてもいい関係もあります。「信じている」という言葉は、相手のためというより、自分自身を安心させるために発している場合もあるのかもしれません。

